50代の生き方と好きなもの 鳥や娘やサウナなど

楽しく生きる上で必要なものについて綴って行きます

梅雨の一日

 ラジオのパーソナリティーが「今年は梅雨らしい梅雨ですね」と言っていたが自分もそう思う。雨は結構好きである。寒い日でなければ。

 

 先週、近所で偶然見つけたカフェに今日行ってきた。村上春樹氏の新刊を開封するにはふさわしい場所だった。

 

 コーヒーも美味しく、これからも日曜に通いたいと思った。

これは珈琲です

たくさんの羊

 

 

 

 

 

娘の頑張りに思う

 高校の寮に入っている娘と会わなくなって1ヶ月。彼女の様子はInstagramの投稿などで少しわかる程度。LINEでの連絡もほとんどなく(お金を欲しい時には甘え調子で来るが)、まあ便りがないのは良い便りだと思っている。

 

 寮なので食事は出るが、洗濯や掃除そして朝起きたりなどこれまで全てやってもらっていたものを一人でこなし高校生活を頑張っている姿を想像すると自分の身が引き締まる思いがする。そして「自分も頑張らねば」、と強く思う今日この頃。

 

 最近読んだ吉野弘氏が娘に捧げた詩が心に染みた。一部抜粋します。

 

お父さんが

 お前にあげたいものは

 健康と

 自分を愛する心だ。

 

 ひとが

 ひとでなくなるのは

 自分を愛することをやめるときだ。

 

 自分を愛することをやめるとき

 ひとは

 他人を愛することをやめ

 世界を見失ってしまう

 

 自分があるとき

 他人があり

 世界がある

 

 お父さんにも

 お母さんにも

 酸っぱい苦労がふえた。

 苦労は

 今は

 お前にあげられない。

 

 お前にあげたいものは

 香りのよい健康と

 かちとるにむづかしく

 はぐくむにむづかしい

 自分を愛する心だ。 

Toshinobu Kubota

 35年ぶりかあ。

 

 20歳の時から聴き続けCDも出るたびに全て購入し続けてきた日本のR&Bを代表するシンガー久保田利伸氏。初めて彼の初ライブに行けたのは1989年だった。当時は日本で最もライブチケットを入手するのは困難なアーティストと言われチケットが取れるまで予約センターに何度も電話をかけ続けたものだ。次に行ったライブは1991年。オープニングがMIXED NUTSだったのをはっきりと覚えている。あれから35年経った。

 

 久保田利伸40周年記念ライブに行ってきた。会場は日本ガイシホール(名古屋)。

 

 実は自分が歳を取るにつれ、彼の歌があまり胸に響かなくなってきていた。恋愛至上であった20代の頃は、自分の状況を彼の歌うLove Songに重ねて聴いていた。

 

 つい最近、曲のイントロを聴いて何の歌かを当てると言うTV番組で昔懐かしい曲が流れ無性にライブに行きたくなった。そこで誰のライブに行きたいのか自分に問うと、やはり彼しか思い浮かばなかった。

 

 「見つめるものは目の前じゃない 彼方だったはずさ」MAMA UDONGO

 「理由など何もないけど ただ 君に会いたい 今すぐ 君に会いたい」君に会いたい

 「I don't wanna stop the way I swing こころはマウントフジ Never gonna change the way I dance 大切なものだから」トランペットを吹きながら

 

 ライブは「Timeシャワーに射たれて」から始まった。ノリノリの曲はもちろんバラードも超絶で「Love Reborn」や「Indigo Walts」なんかを聴くと昔の様々な思い出が蘇る。

 

 2階席だったのが少し残念だったが、LA・LA・LA・LA LOVE SONGが流れるともう立ち上がって踊らざるを得なかったね。

日本ガイシホール(旧レインボーホール)アクセスはいいが最寄り駅が小さい

 

悲喜こもごも

 なんとか高校も合格したので発表日の翌日朝3時すぎに起きて4時台の電車で仲良しの友人達とTDLに向かった娘。昨日落ちていたら後期受験の準備のため行けなかったからよかったね。車で駅まで送りました。満面の笑みで出発するのを手を振って見送りました。自分はそのまま職場に向い少し仮眠。

 しかし昼頃泣きながら娘から電話がありました。どうやらTDLではQRコード決済ができず、それをあてにして現金をあまり持たずに出かけた娘はファストパスや食事、お土産の購入で友人達と同じような行動が取れず気まずい思いをしているとのこと。現金を届けようと申し出たけど大丈夫と言う。でも迎えに行くからと言うと、帰りの電車代のため取っておいたSuicaでぬいぐるみ(シンバ)も買えて、なんとか気分は持ち直していました。帰ってママに報告するとママも泣いていました。

 

 帰りに車から見たスカイツリーが綺麗だったね。

 まさに悲喜こもごもの1日だった。

ちょっとブレブレ

 

 

 

 

サンタはやっぱり存在する

 クリスマスイブの前日にデパートに行ってプレゼントを買った。マフラーと手袋。サンタからの手紙を添え、25日の朝に娘の部屋にそっと置く。

 

 起きてそれに気づいた娘は昔ほどの大きなリアクションを見せることはなかったが嬉しそうに袋を開ける。マフラーを取り出し「可愛い!」って言ってくれた。

 

 手紙に気付いていない様子だったのでさりげなく教えると、文面を目で追っていた。

 

 それからマフラーと手袋についていたタグをハサミできり手袋をはいて試す。

 

 そんな娘は、数日前こんなことを言っていた。

 

 「クラスでサンタを信じるか信じないかのアンケートがあったの」

 

 私は娘に尋ねた。「で、○○(娘の名)はどっちって言ったの?」

 

 「私は信じているって答えた。他にもたくさんいたよ」

 

 本気で信じているかどうかわからないが、その気持ちは大切にしてほしいね。

 

 

その日、早速マフラーを巻いて登校してくれてサンタはとっても嬉しかった。

 

 

娘と流星群を観た

2020年8月12日(水)の日記より

 

 流星群 今日ピークとわかり○○(娘の名)と福島まで

 何とかみる事ができて感動 天の川もきれいに見えて○○スケッチする。

 いい思い出になったかな

 

 この時はコロナ元年、あの日は栃木県は天気が悪く晴れを求めて北上し太平洋近くの山中で一緒にペルセウス座流星群をみたね。娘は小4。路上に寝転がって上に娘を乗せて。

 

 

 あれから5年が立ち、先週の日曜日の夜中にまた2人でふたご座流星群を観に行った。今度は栃木もよく晴れており近場でみる事ができた。

 

 車の中で23時くらいからみはじめたのだが流星は結構流れてくれてよく見えた。娘はスマホをかざし流星を1つ捉える事ができて喜んでいた。

 

 娘は今中3で翌日期末テスト初日。でも勉強よりももっと大切なものがある。5年前に一緒にみたことも覚えていてくれて今回も「楽しかったね」って言ってくれた。

 

 来年はいよいよ高校生。いわゆるJK。県外に行くので寂しくなると思う。それまでできるだけ一緒にいろんな事ができるといいな。付き合ってくれる範囲でいいから。

 

 

 

 

 

人生になくてはならないものその4:Beer

 自宅で晩酌することはほとんどないのだが、先日はあまりにも嬉しいことがあって家族が帰ってくる前に一人で祝杯をあげた。

 

 娘は小学校1年生からバスケを始めた。高学年になるにつれ、メンバーが集まらなくなり5年生の時にはたった一人になった。他のチームへの移籍を勧めたが、頑として聞かずチームに残って一人で練習を続けた。それからなんとか試合ができるくらいメンバーが入ってくれて弱いながらも頑張っていた。

 

 中学校は監督の勧めもあって県内でもトップレベルのところに進んだ。しかし色々あって1年生の時に退部し別のクラブチームに入った。

 

 3年生になって常時試合にも出れるようになりスタメンの座も自ら勝ち取った。しかし目標としていた5月の大会の決勝でスタメンから外れ、試合でも活躍できなかったことから彼女の心は折れてしまった。チームは優勝したのだが「全然嬉しくない」と彼女は泣きながら本音を吐いた。

 

 チームスポーツはスタメンだけの力では勝てない。サブの選手含めて周りのサポートがあって勝利を掴み取るものだ。強いチームほどそうなのだと思う。でもそんなことは頭でわかっていてもスポットはどうしてもレギュラーメンバーに当たってしまうのでそうでない場合はチームの勝利を心から喜べない。自分もチームスポーツをやっていたのでその気持ちはとてもよくわかる。

 

 「もう疲れた。やめる」これまでも何度も辞めようとしたことがあったがなんとか踏み止まってきた。でも今回は彼女の気持ちが痛いほどわかって「やめるな」とは言い難かった。

 

 親としても、試合に出れない子を応援に行くのはどこか心苦しい。ただレギュラーメンバーは限られており誰かが入れば誰かが抜けなければならない。

 

 ひとまず休ませたほうがいいと私は思ったが(辞めるのはいつでもできるので)、母親は休まず続けるよう説得した。彼女はそれをなんとか受け入れ歯を食いしばって、これまでと同じようにいやこれまで以上に心を燃やそうとして平日夜遅くまでの練習と休日の朝早くからの試合に参加した。

 

 そしてつい先日、彼女はある大会で誰もが納得する1番の輝きを見せてくれた。私は応援に行くことはできなかったがその活躍を妻がメールで教えてくれた。娘と何度も口論しディスられそれでも試合や練習の送り迎えを頑張っていた妻(母親)が一番報われたことだろう。

 

 もちろんこれからも我々の人生はつづく。今回の出来事と娘の前途を祝し、ふるさと納税で購入した宮崎県のクラフトビールで乾杯した。

 

後味は栗というよりチョコレートに近い